犬の幸せ2006年11月07日 23時31分28秒

桃太郎さんがコメントで書いてくださいましたが、NHKでラストメッセージという番組をやっていました。
その番組で初めて、湯川秀樹博士が、核廃絶、軍備を持たないことを訴えておられたことを知りました。

しかし、核保有国は耳を傾けようとしません。
あちこちの核実験の映像が出てきました。
理解しがたい光のあとに一瞬で崩れ落ちる大地。

別の映像も映りました。
何かを感じて不安そうにしている犬のシルエットです。
次の瞬間、爆風で犬の姿は無くなりました。

いったい、何をしたいのでしょうか。

どういう世界が望みなのでしょうか。


湯川博士は、お亡くなりになるまでずっと、核廃絶に尽くされていました。
決してあきらめることなく。



犬が出てくる映画は数多くありますが、ワンちゃんよかったね、監督ありがとう!と心から思えるのは「ウォーターボーイズ」。私の中ではダントツ一位です。
あと、「羊たちの沈黙」に出てくるワンちゃんも、きっとこれからもっと幸せになるよ、と思わせてくれて二重丸です。
どんな映画でも、犬さえ幸せなら私は満足。

パンできました2006年11月08日 23時30分36秒

春よ恋のパン

「春よ恋」を使って、丸いパンを焼いてみました。

焼く前に上新粉をふって、かわいくしようとしました。
でも、霧吹きがないために手でボトボトお水を垂らしたので、パンの脳天がカビカビしてしまいました。
まあ、それはいいと。

私にしては珍しく、ネットで調べた通りにきちんと計ってやりましたよ。
そのせいかも知れませんが、なかなかおいしいではありませんか。
手作りでシンプルなんだけど、もちもち感がいいですよ。
フランスパンの中身を、うーんときめ細かくした感じです。

これならヒトサマに堂々と差しあげられるわ~、と思える出来ですよ。
もっと粉がほしいです~。

とてもご家庭パンとは思えない、しぇるさんのところを見ていたら、クオカという材料通販会社が出ていました。
いろんな粉を売っていて、しかも送料全国一律!
思わず「粉25キロ!」と注文しそうになりました。


下の新聞は、11月4日の沖縄タイムスです。

今、硫黄島でやっている夜間離着陸訓練を、岩国基地から180キロ以内のところでやりたいそうなのです。
なぜ180キロ以内かというと、岩国基地を発進し、訓練を終えて戻る間に燃料補給をしないですむように、だそうです。
はるかかなたの硫黄島で訓練されるのもイヤなのに・・・。

しかもこの訓練施設を作る費用はもちろんみなさんの税金よ~。

・・・昨日と同じ記事になってしまった・・・

いやーんかわいいーーー!2006年11月09日 23時36分42秒

いろいろ考えると不安とストレスでいっぱいになるので、そういうときはかわいいワンニャンを見るとよろしいです。

で、私が毎日毎日楽しみにしているブログを紹介しましょう。
ワンニャンの写真を求めてネットの海をさまよっているうちに見つけたワンちゃんのブログです。

いやはや、アーカイブから過去のブログから、全部見てしまいましたがな。

自分だけ見ているのはもったいないので、友達にコッソリ教えていたのですが、教えた友達全員が見事にハマりました。

この際(どの際?)ですので、みなさんももんどりうってハマってくださいな。


モモ走ります!
難聴のパピヨン・モモの日常

いろんな数字2006年11月10日 22時43分28秒

阪神大震災直後、避難所にいる人が30万人と報道された。

それを聞いて、友達が言った。
「那覇市の人全員が避難所にいるってことだよね・・・」

那覇市民全員のご飯とトイレと寝る場所を想像しようとして、クラクラした。



友達にならって、それからは数字を具体的に想像するようになった。

戦艦大和の乗組員は3300人。

中学校の朝礼で並んでいたのが約千人だから、その3倍だ。
体育館におしくらまんじゅうのようにぎゅうぎゅう詰めにしたらなんとか入るかもしれない。
大和の慰労会バス旅行があったとしたら、50人乗りバスを66台連ねて出発だ。

それだけの人たちをむざむざ死なせたわけですね。
命の無駄遣いもいいところだ。
日本人のくせにもったいないという言葉も知らんのか、と思う。


イラク戦争で亡くなったイラク人の数は、5万人説もあれば65万人説もある。
5万人だったら、私の住んでいる市が全滅したのだし、65万人であれば、沖縄の人の半分が死んだことになる。
ため息が出る。


「たんすにジュゴン」は、発売1年で2千個出荷した。
だから何だと言われても困るんですけどね。ちょっと言ってみたかったのよ~。

映画「蟻の兵隊」2006年11月12日 14時02分19秒

kijimunaさんは、沖縄大学の戦争出前噺に行き、
私は、桜坂劇場に「蟻の兵隊」を見に行きました。(分業です^^;)

きつい映画だと予想がついていたので、監督とご本人の挨拶のある時間帯を選びました。
ご本人の姿を見ると、安心できるに違いないと思ったのです。
(桜坂劇場のタダ券がその日までだった・・・こともありますが、はい)

奥村和一さんは、中国山西省にいた日本兵です。
終戦後も中国に残り、中国国民党と一緒になって戦いました。
2600名の日本兵がそうしました。
なぜなら、上官の命令があったからです。

大日本帝国を復興させるために、兵を連れて戻ってくる、それまで天皇陛下のためにここで戦え、という命令です。
戦後4年間戦って、2600名のうち550名が戦死、奥村さんは捕虜になり、日本に戻れたのは1954年でした。

日本に帰ってきたものの、勝手に中国に残って勝手に戦った逃亡兵扱いで、軍籍も抹消、年金もありません。

自分たちが残ったのは命令があったからだ、という証拠探しのために、奥村さんは中国に行き、初年兵教育の仕上げとして、人を初めて殺した場所に行きます。

その土地に今も暮らす中国の人たちと話しながら、あるときは日本兵の論理になり、あるときは穏やかなおじいさんの視線になる奥村さん。

戦争は人を殺すことです。
そのために、抱えなくてはならない残りの人生。
その責任を取ってくれるところはどこにもありません。

映画の中で例のあの神社が映ります。
「今年もいいことがありますように、と初詣に来た」少女たち。
日本軍のコスプレをした一団。
暴走族としか思えない若者たち。

私がショックだったのは、そこで小野田寛郎さんが演説をしていた場面です。
奥村さんが「小野田さん、侵略戦争を美化ですか」と問いかけると、小野田さんは怒って怒鳴り返します。

演説をしている時から、小野田さんは何か変な雰囲気でした。
本気でない感じ、おちゃらけている感じなんです。

見に行かれた方の感想をお聞きしたいシーンでした。

あと3週間上映しています。
多くの方に見ていただきたい映画でした。

監督と奥村さんのトークは、映画の裏話やお二人の出会いなど、奥村さんの真面目さからにじみ出てくるユーモアにあふれたものでした。

次の上映時間が迫り、帰ろうと席を立ったものの、列が全然進みません。
????と思っていると、ドアのところに監督と奥村さんがいらして、一人一人と握手、お礼を言っておられたのです。

私も何か言おうとしましたが、握手の瞬間は、言葉になりませんでした。
ほんとうは、「奥様、魅力的な方ですね」とか言おうと思っていたのにな。