22世紀の雛祭り2009年03月05日 23時56分07秒

1974年3月2日、那覇市小禄(おろく)で不発弾が爆発し、雛祭りを楽しみにしていた幼稚園の園児1人と工事作業員の人3人が亡くなるという大事故が起こりました。

爆発で、大量の土砂が幼稚園の庭を覆い、遊んでいた園児が土砂の下に埋まってしまったのです。
駆けつけた人たちが、手で土砂をかき分けるのですが、土砂はぬかるんでいて、なかなか掘れなかったそうです。

義妹は、事故を知らずに、その場所を通ったときのことを話してくれました。
「朝は普通に通ったんだけど、帰りには建物が何も無くなっていて、土だけ」

幼稚園はその場所から移転しましたが、今でもその幼稚園では、雛祭りの行事ができないのだそうです。


沖縄の不発弾は、全部を掘り出して処理を終わらせるには、22世紀を待たなくてはいけないと聞いたことがあります。
はい、22世紀を待ちましょう。
沖縄がずっと爆撃されることがなく、不発弾が増えさえしなければ、処理はいつか終わるのですから。

そのときには、みんなで盛大な雛祭りをしましょうね。